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1.油脂酸化物の毒性に関する研究

  食品保全化学研究室では、異食性(PICA)と自発運動量変化を利用して、油脂酸化物を食した際、動物が感じている気持ち悪さを、定量的に評価する研究を行っております。


内容

  即席麺は、ゆでた麺を油で揚げることにより製造される食品です。我々は乾麺をゆでたり、お米を炊いたりして、硬い食品を柔らかくして食します。このように食品をゆでて柔らかくすることは、科学的に考えると、食品中に存在する結晶化したデンプンを、ゆでることでバラバラにほどく(α化させている)という現象で説明できます。即席麺は、このα化した状態の麺を油で揚げることにより、水分を一気に蒸発させ、デンプンのα化状態が維持されたまま乾燥された食品なのです。即席麺中のデンプンはこのようにα化が維持されているので、再びお湯に浸す(もしくは煮る)と簡単に麺がα化して食することができます。これが、即席麺が簡単に調理できる理由です。麺をα化状態で乾燥させるために主に油が使用されています。よって、多くの即席麺中には当然のことながら油が含まれています。

 昭和40年代、日本において即席麺中の油脂劣化が原因で多くの食中毒事件が発生しました。当時は、空調などが完備されているスーパーマーケットやショッピングセンターがほとんど存在しなかったため、即席麺の販売は、個人商店が主で、中には店先で陳列販売していたお店もあったそうです。そのような中、日本中で、夏場、太陽の光があたる店先で販売されていた即席麺を食した多く人が、悪寒、下痢、嘔吐、ふるえなどの食中毒症状を発症しました。これは即席麺食中毒事件として社会問題となりました。なお、一連の食中毒事件で死者は出ておりません。 

  この食中毒事件の原因は、即席麺中の油の酸化によるものでした。油は、空気中の酸素と結びつき酸化されます。酸化された油は最初に過酸化物(一次酸化物)となり、さらに酸化されるとアルデヒドやケトン(二次酸化生成物)へと変化します。人間は油の二次酸化生成物を非常に強い劣化臭として感じ取れますが、食中毒の原因となった即席麺は、ソース焼きそば、ナポリタンスパゲッティー(当時は販売されてみたいです)などの味や匂いが濃いものが主であり、劣化臭を感じ取れなかったようです。通常、室内で保管された即席麺中の油脂はほとんど酸化されません。よって、食中毒の心配は皆無ですが、即席麺を高温下で強い光の下でさらしますと、油の酸化が急速に進行するため、食中毒を起こす危険性が出てきます。食中毒事件の原因となった即席麺は、夏場、太陽の光があたる店先で販売されていたため、不幸にも即席麺中に含まれる油が強烈に酸化されたようです。
  この事件が起こったのち日本では即席麺中油脂の規格基準が設定されました。現在はこの基準が厳密に守られて製造販売されているため、即席麺中の油脂の酸化劣化が原因で起こる食中毒はほとんど発生しておりません。


  ところで、物質の毒性を調べるときげっ歯類(ネズミ)を使用した急性毒性試験、亜急性毒性試験、慢性毒性試験などの毒性試験が使用されます。これら試験の基準は、「死ぬか生きるか」です。油脂の酸化物の毒性もこの手法を用いて評価されてきましたが、実際に毒性が観察される油脂の酸化レベルはとてつもなく酸化された場合のみです。その一方で、即席麺の食中毒事件では「悪寒、下痢、嘔吐、ふるえなど」の症状を呈した患者は出ましたが、死者は一人も出ておりません。では、げっ歯類を使用して悪寒、下痢、嘔吐、ふるえなどの症状を観察してみれば良いのではないか?と考えると思いますが、これまで、げっ歯類を使用して、悪寒や嘔吐を測定した例はほとんどありません。なぜならば、げっ歯類は嘔吐ができない動物だからです。

  そこで食品保全化学研究室では、異食性(PICA)と自発運動量変化を利用して、油脂の酸化物が動物に与える気持ち悪さを定量的に調べています。
  異食性(PICA)とは、動物が気持ち悪くなったとき、木片などの栄養にならないものをかじり、その気持ち悪さを紛らわす行為で、そのかじった量と気持ち悪さが比例するといわれています。また、自発運動量とは文字通り運動量のことで、具合が悪くなった動物は運動量が減ります。これらの測定項目を用いて油脂の酸化度合いと気持ち悪さを定量的に測定した結果、これまで知られている油脂の酸化度合いよりはるかに低い酸化度で、マウスは気持ち悪い状態になっていることを確認するに至りました。今後もこの測定項目を用いて、油脂の酸化物と食品の健全性に関して研究を続けていく予定です。

N. Gotoh, H. Watanabe, R. Osato, K. Inagaki, A. Iwasawa, and S. Wada, Novel approach on the risk assessment of oxidized fats and oils for perspectives of food safety and quality. I. Oxidized fats and oils induces neurotoxicity relating pica behavior and hypoactivity. Food Chem. Toxicol. 44, 493-498 (2006) [Abstract]

F. Kitamura, H. Watanabe, A. Umeno, Y. Yoshida, K. Kurata, and N. Gotoh, Oxidized trilinoleate and tridocosahexaenoate induce pica behavior and change locomotor activity. J. Oleo Sci. 62, 207-212 (2013). [Paper (pdf)]