2.トリアシルグリセロールの異性体分析方法の開発
油の主成分であるトリアシルグリセロール(TAG)は、グリセリンに脂肪酸が3つエステル結合をした構造をとっています。食品保全化学研究室では、このTAGの異性体分析方法の開発を行っております。併せて、開発した方法を用いて、天然脂質中に含まれるTAG異性体分布分析も行っております。
内容
図1 TAG中での脂肪酸結合位置と異性体
TAGはグリセリンを骨格にした油脂(グリセリド)であり、グリセリンの3つのアルコールすべてが脂肪酸とエステル結合した構造を有します。
図1には「A」、「B」、「C」という3種類の脂肪酸が存在する場合の異性体の考え方について示してあります。
−TAG分子種−
グリセリンに結合する3つの脂肪酸のコンビネーションが異なる場合、これらをTAG分子種として区別します。TAGの分子種の考え方は、オリーブ油の偽和判定などに利用されています。
−TAG位置異性体−
グリセリン骨格には、両脇の一級炭素原子に結合する一級アルコールが2つ、真ん中の二級炭素原子に結合する二級アルコールが1つ存在します。これらのアルコールをα位(一級アルコール)、β位(二級アルコール)のように区別します。図1のTAG位置異性体の例には、左から、β位に「B」が結合したTAG(β-ABC)、β位に「C」が結合したTAG(β-ACB)、β位に「A」が結合したTAG(β-BAC)が示されています。これらTAGは同じ脂肪酸種で構成されていますが、β位に結合する脂肪酸種が異なることより、TAG位置異性体として区別されます。
我々が油脂を摂取して小腸内で消化されるとき、膵リパーゼは、α位に結合している脂肪酸のみを加水分解します。このように生体はTAGのα位とβ位を見事に区別しているのです。(ちなみに高校化学の教科書ではすべての脂肪酸が加水分解するように記されていますが、これは間違えです。)
−TAG鏡像異性体−
グリセリンに結合する脂肪酸の種類がすべて異なる場合、グリセリンの二級炭素は不斉炭素原子となります。そのため、両脇(2つ)のα位も区別しなくてはいけなくなります。このようなとき、2つのα位をsn-1位、sn-3位と区別します。そして、自動的にβ位はsn-2と呼ばれます。図1には、TAG鏡像異性体の例が示されています。両TAGともに脂肪酸「A」および「C」が両脇に結合していますが、α位をsn-1位、sn-3位と区別しているため、これらは、TAG鏡像異性体として区別されます。
我々の体の中でTAGを合成する際、最初にsn-1位に脂肪酸が結合し、続けてsn-2に、最後にsn-3位に脂肪酸が結合してTAGを合成します。このように生体は、sn-1位、sn-2、sn-3位を普通に区別していることがわかります。
食品保全化学研究室では、このようなTAG異性体の分離・分析方法を開発しております。方法としては高速液体クロマトグラフィーを用いています。
異性体分析方法の詳細や天然油脂中のTAG異性体分析結果に関しては、以下の論文を参考にしてください。
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